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2026.08.15

長崎の街を見下ろす森の大いなる存在

リレーコラム

長崎の街の中心部には中島川が横たわっている。この南北に流れる小さな川と縦走するように、東側にはこんもりとした森が、やはり南北にのびている。風頭山の風致地区だ。ふもとにはいくつものお寺が並び、その墓域が山の上まで這い上がっている。

中島川そばのビルに住む私の新しい仕事場が、思案橋の出版社「出島の杜」になってからというもの、毎朝、中島川→寺町→鍛冶屋町→思案橋、というルートで出勤している。この「寺町通り」の東側は苔むした石垣がずっと続いている。江戸時代からそれほど変わらないはずのお堂の屋根瓦越しに、くすのきの緑。そこから、お墓、お墓、お寺、幣振坂、お寺、お墓、お墓…。

逆に西側はといえば、少し高い位置から市街が一望でき、保育所やら料亭やら中華菓子店やら小学校と、生活感が満載だ。この、静と動のコントラストこそが、寺町通りの際立つ特徴だ。毎朝歩きながら、(この感じ、どこかに似ている…)と思っていた。そう、かつて通い詰めていた京都の街の、あの空気感に似ているのである。枯山水の庭のある龍安寺がある衣笠山とか、銀閣寺から疎水までの哲学の道とか、あの感じ。歴史的な寺社の合間に古木があって、時折思い出したように古着やさんとかスパイスカレーの店とか古書店があるのも、なにげに「京都」っぽい。行きかう外国人はいずれもゲストハウスに泊まっていそうな欧米系。そういえば、この寺町通りだって昔は「哲学の道」と呼ばれていたのだ。哲学的なことを考えているうち、苔むす石垣の奥に迷い込む。なにやらこのエリア、長崎の新しい顔として注目される予感がじわじわするぞ。

この夏、この風頭の山の森に眠る長崎の偉人たちや名家の墓所を解説した本が、「出島の杜」から発刊された。歴史家の山口広助氏渾身の1冊だ。めくるほどに、長崎の重層的な歴史が、ここ、風頭の森に眠るたくさんの人々の物語そのものであることに気づかされる。

お寺の山門をくぐり、坂段を少しのぼって、時の扉を押し開けて――森を吹き抜ける風に吹かれながら、かつてこの街に生きた人々と向き合ってみる――そんなひとときを持てるなら、それは令和の時代の長崎人の、とびきり贅沢な過ごし方になるかもしれない。

ただし、蚊よけスプレーをお忘れなきよう。


(カーラ・マリ)